03/08/15

2010.4.26


先日、鑑定にいらし方がご自分の命式にある星を見てこの星があるのが嬉しいと話しておりました。

このような事は、ほとんどの人が感じることのようで、自分にはどうしてこんな宿命星があるのだろう?とか、この星があるから自分は運勢が強いとか〜などと話しているのをよく耳にします。

しかし、たとえば強力な宿命星がたくさんあったら本当に素晴らしい運勢となるのでしょうか?
それは実はとても大きな誤解です。
宿命星にはそれぞれ特定の意味あり、文字を見てもイメージ豊かな漢字がならんでいます。「正官」「劫財」「帝王」 「死」 「絶」、等など。もちろんそれぞれの文字には与えられた意味があり、それを読み解いていくのが運命鑑定というものですが、長年この仕事を続けてきて最近は少し違うイメージを持つようになってきました。

もちろん、それぞれの宿命星には特定の意味があり、その星が何処にあるかによってその現わす意味もまた異なってきます。それぞれの意味するところを丹念に読み解いていくことが運命鑑定の基本です。しかし、どんなに詳細にこの作業を続けても、一人の人間のすべての人生と魂の成り立ちを読み解くことはできません。もちろん、観命表が基本ですが、ある時点からは、観命表を離れていきます。

たとえて言えば、それぞれの星は音符とか調性を示すもの、あるいは演奏するための細かい指示など〜つまり音楽の楽譜のようなものに感じるのです。その楽譜の表現しているものを注意深く何度も演奏することによって作曲家の表現したい音楽の世界が開けてくるように〜ある人の観命表を心の中で演奏していくと、その人の人生が一つのシンフォニーのように浮かび上がってくるのです。
ある人は、シンフォニーですが、ある人はジャズのようだったり、ある人は演歌のようだったり、本当に一人ひとりの音楽は随分と違います。
ただ、言える事は〜音符だけを理解しても、実際に演奏して見ないことにはその音楽を理解出来ないということです。

自分は、ようやくこの頃になって心の音楽をほんの少し演奏出来るようになってきたのかな〜と思います。


2010.4.21

先週の木曜日にたまたまロンドン行きの飛行機に乗っていました。ようやくロンドンまでの行程の半分ほどのところでしたが、突然機長のアナウンスがあり、アイスランドの火山噴火によりロンドン・ヒースロー空港が閉鎖されたので日本に引き返すとのことで、シベリア上空でUターンして成田空港まで戻って来てしまいました。幾度となく飛行機に乗っていますが、こんなことは始めてのことです。本当に人生何があるかわからないものです。

「人生は何時までも続くもの」と何となく生きてはいませんか?

私達は人生の残り時間を知りません。明日かもしれないし、十年後かもしないし、三十年後かもしれません。
私達の体は神様からのレンタルのようなものです。いつ返して下さいと言われるのかわからない状態で、とりあえず今日は元気に自分の時間を生きているのです。

また、私達は高価な器やグラスを手にした時に「壊れたら大変!」と、Cupboardなどにしまってしまいますが、本当は人間が一番の壊れ物なのです。壊れ方は無数にあります。考えてもキリがありません。大事なのは、今自分が元気に生きていることではないでしょうか?
残り時間が人生です。 そして、今から何をするかを考え計画しどんなことにも挑戦できるのです。

たとえば、自分には高価すぎるような素晴らしいティーカップでお茶を飲む〜またはロブマイヤーのグラスでヴィンテージもののワインを頂く、その時の感動が大事なのです。自分自身に対して敬意をもって大事に扱ってあげる〜それが幸せに近ずく一歩です。レンタルの体を返して天国に戻るときに持っていけるもの〜それは自分が心から感動したこと&心の底から打ち込んだこと、この二つです。この二つの事に時間を使いましょう!


2009.2.7



故郷みちのくから思わぬ便りがありました。厄祓いの祝い式に帰ってこいと言うのです。
小学校卒業以来ほとんど会っていないので四十数年ぶりの再会です。 6年間一緒に学んだ懐かしい顔がありました。 ブナの古木が多い白神山系から流れる川がゆったりとした田園風景を残している地域ですが、近年になりようやく周回遅れの開発の波が押し寄せてきて昔の面影が徐々に薄くなってきました。 小学校の頃には日本昔話のような風景でしたが、 大きな杉の古木に囲まれていた村の神社は数年前の”りんご台風”で根本から折れたり倒れたりで、殺風景な景色に変わってしまいました。その村の小さな神社で昔からのしきたりどおりの厄祓いの式が執り行われ、その後、ささやかな宴席が設けられておりました。

今年は己丑の年、60年の周期が再び始まります。運勢の波にはこのようにとても長いものもあれば、数年から十数年単位のそれぞれ個有のサイクルも有り、それぞれの周期が絡まり合い、強めたり弱めたりして人生を形作っているのです。 運勢の波は各人によって異なっており、現われ方も人によって違いますが、大きな節目や転換期は驚くほど共通点がみられます。古来、このような古いしきたりや行事が残され、現在まで続いている理由もその辺にあるのではないでしょうか?
2007.12.1



ロンドンの中心部ダイアナ妃の住んでいたケンジントン宮の前に広がるケンジントンガーデンの一こまです。11月も末というのに爽やかな空気と暖かい太陽の光にさそわれてトコトコと歩きながら一日のスタートです。イギリス人はとても散歩好きです。平日でも実に沢山の人が散歩をしています。日曜日ともなると子供連れからご年配の方まで本当によくあるいています。イギリスでは、ナショナルフットパスという散歩道が国中に張り巡らされていて、貴族のお屋敷や大きな公園はもちろん、それぞれの私有地であっても昔から人が歩いていた小道は誰もが歩ける公共の歩道として使えるようになっています。イギリスに来ると散歩がとても楽しく感じられます。

昨日、東京からいらした方がイギリスの霊的医療施設に行ってきた体験談を話して下さいました。その方は、精神療法では日本でも屈指の活動をしている人ですが、好奇心の旺盛な方で霊的な分野にまで関心を向けています。
私達の体は心のあり方によって大きな影響を受けます。激しい葛藤や悩みを抱えたまま何年も過ごすと体のどこかに病気や障害を起こしてしまうことが多いのは経験された人が多いと思います。もちろん、受け止め方によって影響度は違います。また、体の方だけを治療しても一旦はよくなってもまたぶり返すという例が多いと感じます。
つまり、体は心の影響を強く受けているということです。心を健康な状態に保つことが大事なのは皆さんどなたもご存知だと思いますが、どのように生きることが心を大事にすることなのかを知っている人は意外に少なく、ましてやそれを実行している人は本当にすくないものです。
2007.11.5



こちらのノートルダム寺院はパリを代表するゴチック建築の一つですが、とても存在感があります。
秋深まるこの時期は沢山の観光客がおとずれていました。

 今年はめまぐるしく変化する忙しい年でしたが、何と言っても安倍首相の突然の辞任劇には驚かされました。昨年の就任時に観命してみたところ、最長で1年弱くらいかな?という予想をしていたのですが、事実はまさにそのとうりになってしまいました。とても真面目で責任感が強い人ですが、それを上回る難題が次々と押し寄せてきてついにはギブアップという運勢パターンを持っていて、出来ればトップにはならずにNo.2でいる方がうまくいくタイプです。
このような運勢パターンの人は、自分の運勢の長所&短所がはっきりしているので、浮き沈みが激しく波乱万丈の人生をおくる人が多いのです。少しでも自分の持っている運勢を知ることが出来ると大きな失敗は避ける事が出来るようになります。先人の哲人が言ったように『汝自身を知れ』ということが人生では本当に大切です。

2006.6.9
しばらくご無沙汰しておりました。
近頃話題の『ダ・ヴィンチ・コード』はもう読まれましたか?
評判がイマイチの映画はまだ見ていないのですが、先週たまたまロンドン&パリを訪れる機会があったので普段はあまり立ち寄ることのないWestminstarAbbeyとルーブル美術館に行ってきました。



Westminstar寺院は見学者が多く長蛇の列!それでも無事に入館してようやくニュートン様のお墓と対面できました。本当に壁という壁から床までいたるところがお墓だらけ!こんなところで結婚式なんて?!不思議な感じです。

イギリスという国は不思議なところで、ある調査によると10社に1社は運命鑑定の専門家を取締役に加えているそうです。奥が深いというか、ちょっと楽しいですね!

2005.10.30
 よく聞かれるご質問の中に「私は結婚できますか?」というのがあります。
もちろん聞く人によって運勢は様々なので、おのずとお答えはお一人お一人違ってきますが、ひとつ確実に言えることは「絶対にこのようになりますよ」ということはあり得ないということです。
 結構誤解をしている方が多いのですが、「絶対確実な未来」などは無いというのが私の考えです。もちろんほとんど変らない部分や変えるためには大変な努力が必要な部分が多いので、ある程度の予測が出来るというところが本音のところです。それでも、多くの方がたがとても役に立つと言ってくださるので何がしかの役目は果たしている事と思います。
 もし、なにもかも決まっているのであれば運命鑑定など必要もなくまた何の役にも立たないものとなっているでしょう。しかし、未来が何もかも決まっているわけではなく自分の努力や生き方によって変えることが出来るものなので運命鑑定の存在価値がかろうじて在ると言えるとおもいます。
 しかし、逆に未来は何一つ決まってはおらずすべて自分の自由意思で決まるという考え方は、一見科学的な生き方のように見えて本来の人間の生き方としては不安定で実りの少ない生き方と思います。
私達は大きな命の流れの中で生かされており、人間としての枠組みや生まれてきた環境などによってかなりの制約をうけつつも自分自身の自由意思や希望をもって努力を積み重ねることによって自分自身を大きく成長させることが出来るとおもいます。
 最初の質問の答えとしては「あなたの意思と希望によって決まりますが・・・の点に気をつけて下さい」となります。

最後にひとつ大事なことを付け加えておきたいと思います。
「努力&生き方」がキーワードですが、その中身が大事です。 たとえば沢山の異性と知り合うとか合コンに出るとか異性の多い職場に変るというのはあまり意味がないのです。 ここが、難しいところですが、人間工作はせずにとにかく自然体で自分自身の運勢に従って生きることが大事です。
2005.8.28

 運命鑑定のなかで相性に関するご質問はとても多いのですが、どんな人でも意外と気になるのが相性ではないかと思います。星座による星占いとか血液型による相性占いなどたくさんあります。
 でも一体相性の良い悪いというのはどういうことなのでしょうか?

  以前にもこの欄で触れたことがありますが、相性というと結婚相手とかボーイフレンドなど異性の相手を考えてしまいますが、運命鑑定のなかではあらゆる人間関係にあてはまる奥の深いものです。
 職場での上司や同僚との人間関係や、家族の中での親子・兄弟との関係など社会のなかのあらゆる人間関係にあてはまるものです。
例えば良くない相性の例としては一方的に相手を傷つけてしまうとか、結ばれるためには大きな犠牲を払わなくてはならないとか、どんなに愛し合っていても引き裂かれる関係とか・・・。
 もちろん良い相性というのもあります。俗にいう玉の輿運の相性とか、一緒にいることによって本当の自分でいられる相性とか、どんな反対にあっても愛を貫く相性とか・・・。
ただ、不思議なことに運命鑑定でいうところの相性が良いからといって仲が 良いということはありませんし、危険な相手だからといって仲良しにならないとは言えないのです。ましてや親子とか兄弟などの場合は相性が悪いからといって離婚というわけにはいきませんし、「はいさようなら」といかないところに運命が暗示されている場合が多いのです。
実際の運命鑑定のなかではいわゆる運の良い人というのは相性の良い人たちに囲まれている場合が多く、また運勢が上向いてくると自分の運勢を盛り立ててくれるような人たちに縁が出来てきます。
また、興味深いことに、結婚で結ばれる相手というのも相性が良いから結ばれるケースは少なく、まるで試練を受けるために相手を選んでいるのかと思われる場合の方が多いくらいです。
 そのため、相手との相性を観ることによって運命鑑定はより具体的で実際に則したものになっていきます。

2005.5.22
 先日、数十人の人を雇用していらっしゃる方からのご相談がありました。
その方はいくつかのお店を持っていて、今度新規のお店を出店するのでその店長にはどの人が適任かというものでした。候補の方が数人いましたので、それぞれの人の性格と運勢を申し上げました。そのあと、その方の出された結論は、ここにいらっしゃる前にご自分で予定していたものと同じだったとはなしておりました。その時の彼の質問がとても興味深かったのでご紹介したいと思います。
 「どうして人間性までわかるのか?」「運勢や人間性は生まれた時点に決まっているのか、またはその後の経験や学びの中で身につけたものなのか?」 ????
 人の運勢や性格、人間性は生まれた時点で、というか生まれる以前から決まっています。だからこそ様々な方法で運命鑑定が可能なのです。たとえば、植物にたとえると、一粒の種子の中にスミレならスミレ、杉の大木なら杉の種子のように、ある運勢と性格、人間性、などが、すべて内包されています。本当に、植物の世界のように一人一人の人生は千差万別といえます。そのために、たとえばスミレのような人生を予定されている人が杉の大木を目指しても絶対にかなうはずもなくとても無残な人生をおくることとなります。だからこそ、他人と比較することなく、本来自分自身が進むべき道をめざすことが、成功への近道といえます。スミレの花はそれ自体で何者にも替え難いほど完璧です!
 ただ、気をつけるべきことは、運命のままに流されて生きるのは謂わば過去を生きていることと同じことになってしまうということです。本来求められている生き方というのは、定められた運命のなかで、どれだけ自分自身を成長させることができるのか?ということだと思われます。そのためにはまず自分自身を知らなくてはなりません。また、自分は今、どのあたりを何処に向かって歩いているのかを知る事がとても大事です。このような疑問に答えてくれる方法のひとつが観命法です。
 
 
 
2005.5.18
 札幌もようやく暖かくなってきました。大通り公園のライラックも可憐な花がひっそりと咲きはじめたようです。
どんなに厳しい冬もいつかは終わりいつの間にか初夏の香りが漂う季節になってきました。

  私達の人生も季節の変化と同じように変化していきます。ただ、季節の変化は誰にとっても同じように訪れますが人生の変化のサイクルはそれぞれの人によって異なります。ある人は数年のサイクルで変化し、ある人は数十年のサイクルで変化していくこともあります。変動の運命サイクルは一人一人違いますので、一体自分は今どんな時期を歩いているのかを知るのはとても有用だと思います。これから秋になるのかそれとも春はもう近いのか、それによって今取り組むべき課題が見えてくるのです。 観命法によって自分の運命サイクルを知る事はより良い人生を目指すひとにとってとても役に立つのでは!と思います。

2005.4.13
 桜の便りが届くようになりましたが札幌はまだまだ寒いです。
何かと落ち着かない変化と別れの季節のせいなのか、このところ運命鑑定に訪れる方が続きました。
そのなかの一つをご紹介します。

 この何年かの間、懸案の人生最大の問題に悩んでこられたご夫婦が、先日ひょっこりと現れました。そして、思いがけない急転直下の展開で問題が解決したというご報告でした。 今まで、お話してきた内容は「問題は必ず解決すること。ただしその時期としては2005年4月以降になる。心配しないで次の準備をしながら待ちなさい。」でした。
とても心配性の方でなかなか前向きに考えるのが難しそうでした。しかし、あるところで吹っ切れたのか、4月には必ずよき解決がもたらされるはずだからそれに向かって準備しょう!というように気持ちが変ったようでした。
そして、自分たちでいろいろ解決の道を探りこのようになれば満足というところにたどりついたということです。
 ところが、後数日で決断というところで、思いがけない提案がお子様達からなされ、想像以上の素晴らしい解決となったということです。 天に感謝です!

 このように、人生にはそれぞれ成就する時があり、大きな波もあれば小さな波もあって自分ひとりいかに努力をしても結果があらわれてこないでいらいらすることが多いものです。しかし、天の時をしっかりと受け止めて自然体で前向きに努力を継続できるようになると実りをじぶんの手にすることができるようになってきます。
 「観命」は自分が今どこにいて何処に向かっているのかを教えてくれます。いつまで待
てばよいのか?今の苦難はいつまで続くのか?自分が攻勢に転じるのはいつからなのか?などがわかると人生にたいして積極的な「待ち」という選択もできる様になり随分と選択肢が広がると思います。

2005.3.9

 今年は本当に雪が多いですね。もう3月というのに札幌は零下10度近くまで冷え込んで真冬のようです

 本当に、異常気象かな〜などとはなしておりましたら、先週はイギリスでも急に冷え込んで雪が降ったようです。せっかく咲き始めたクロッカスや水仙がかわいそうと言ってました。

 さて、あっという間に今年も3月になってしまいましたが、最近は細木さんがよくテレビに出ておりますね。
あの方の六星占術というのは、実は四柱推命がもとになっております。四柱推命の中に空亡というものがありますが、その6種類の空亡のどれに該当するかによって占うものです。もちろん空亡は四柱推命の中では大切な要素ではありますが、それだけをとりあげて占うにはかなり無理があります。しかし、血液型などと同じように数種類に分類できて、しかもある程度の傾向などはつかめますから話題性としてはうってつけというところでしょうか。
 それに、皆さんたぶん動物占いというものをお聞きになったことがあるかと思いますが、実はこれもまた元は四柱推命なのです。本人の月柱の蔵干をもとにして占うのですが、これは60通りありますから、例えば性格などはかなりの部分まで類推できます。当サイトでも、簡易鑑定のページはそれを使っています。
 本当に四柱推命は奥の深い占術だと思います。

2004.11.9
 札幌は初雪も降ってもう初冬という季節になってしまいました。

先日、随分遠くからお見えになった方がおりました。東京とか関西の方は大体メール鑑定、または郵送鑑定を選ばれる方が多いのですが、その方は最初から面談鑑定をご指定でしたので少々驚きました。
  でも、内心ではホッとする気持ちもありました。というのは、メールとか文章になるとどうしても出来るだけ間違いのないように、また誤解のないようにと言葉の表現や言い回しなどに随分と時間がかかってしまいます。
ところが、面談ですと相手の方がお聞きになりたいことがよくわかって説明に無駄がなくなり、誤解があったとしてもすぐに説明をくわえることが出来るからです。
  先日の方も、何かのご縁に導かれたかのようにこの札幌までいらっしゃいました。ご本人の運勢はもちろん、深くかかわっている回りの方たちとのかかわりなどもよく理解できたと話しておりました。

しかし、大事なことは未来を知る事ではなく、どうしたら自分の求める将来の幸福を実現できるかだと思うのです。
そのためには、「自分は何処から来て何処に向かおうとしているのか、今はどんなところを歩いているのか」を知る必要があります。
ヒントはまわりにたくさんあるのですが、自分の心の準備が出来ないとなかなか答えが見つからないものです。
観命サイトが、そのひとつのきっかけになればと思っております。
 
2004.8.28
札幌はとても爽やかな気候になりましたが、まだまだ残暑の厳しいところもあるかと思います。
そこで、今回は再び「冬のソナタ」の話題を取り上げようと思います。
皆様、オリンピック観戦とともに、深夜の「冬のソナタ」を楽しまれた方も多いのではないでしょうか?
すでに、3度も放映され、語りつくされた感もありますが、あえて占い師から見た「冬のソナタ」感を述べてみたいのです。

よくお出でになる某独身男性が「主人公たちは自分達だけの愛の世界に浸っていて、回りの人達のことを考えていない」という感想をのべておりましたが、それについては5月2日に書きました。
 そのさわりだけを申し上げると「人間というのは、初めから愛することを知っているわけではなく、人生でのいろいろな体験を通して少しずつ身につけていくものだということです。さらに、初歩的な段階から一段一段と階段を登るようにより深い、より崇高な愛のレベルへと成長していくもの」だということです。 魂の成長にとって最も大事なことと言っても過言ではないと思います。そのために、本当に愛する人との葛藤はとても苦しいものですし、心から愛する人を失うという経験は筆舌に尽くしがたいものではありますが、このような試練を経験することによって人は人間的にも霊的にも成長していくのだと思います。人生が苦難・病苦・失敗・事故などに満ちている理由はこの辺りにあると思われます。人生で出会う「人や出来事」にはすべて意味があるのです。
2004.5.2
札幌もようやく暖かくなってきました。近所の円山公園の桜がピンクの花をつけはじめています。
皆様、今年のゴールデンウィークはどのようにお過ごしでしょうか?

 このところ『純愛』がテーマの映画やドラマが話題になっていますが、 その火付け役ともいえる『冬のソナタ』が再放送されているので、毎週ご覧になっている方もいらっしゃると思います。

 そこで今回は『愛』について少々お話してみたいと思います。
 私たちが幸せと感じるために必須の条件として『愛する』『愛される』ことがとても大事ですよね。
 人は本当に愛する対象に出会うことによって自分の幸せを発見するのだと思います。私たちはどんな時代になっても、愛し愛されることを必要としており、愛を失うと健康を損なうという特徴を持っています。

 ところで、私たちは普段何気なく『愛する』という言葉を使っていますが、その意味はそれぞれの使う場面や相手によって随分と違っているのではないかと思います。
 いつも感じているのですが、『愛する』という言葉を『大事に思う』と言い換えてみたら如何でしょうか?
そうすると、親子の愛も男女の愛も、さらに友人としての愛なども、相手を大事に思うという点において同じ意味を持つと考えられます。
 そして、良く言われる言葉として『親の子供に対する愛は無償の愛』がありますが、本来『愛』というのは相手に何か見返りを期待するものではなく、一方的に相手を大事にする、相手に尽くす、ということだと思われます。
たとえば、男女の間でも、相手を心から大事に思い、相手の希望をかなえてあげる、その結果として自分から離れていく事になったとしても、それを応援してあげる、というのが本来の姿ではないかと思います。
一見難しそうにみえますが、皆さん自分の子供にたいしては、おおよそこのようにふるまっているのではないでしょうか?
 
 次に、その『大事さの重さ』によって、愛の深さがわかります。ちょっと大事から、自分の命と引き換えてでもというレベルまで、無数の段階があると思われます。 ここでのポイントはどれだけ相手にたいして謙虚になっているかによります。

 『冬のソナタ』の主人公たちの愛が人々の心を揺さぶるのは、愛の大事さのレベルが限りなく高いところにあり、
しかも相手にたいして本当の謙虚さにあふれているからではないでしょうか?

 皆さんはどのようにお考えですか?
 
 
2004.4.18
先週から今週にかけては、イラクの日本人人質問題でとてもハラハラでしたが、皆さんはこのことについてどんな感想を、お持ちでしょうか?
 幸運にも結果的には無事開放となりましたが、それぞれの立場でみなさん様々なご感想をお持ちと思います。
 ここで、少々私の感想を述べてみたいと思います。

 この事件は、 私たちの住むこの日本の歴史的、地政学的な弱点を浮き彫りにしたと感じました。

日本列島の位置は極東といわれるように先進国からは最も遠い位置にあり、幕末から明治維新にかけての危機的な時代もきわどいところで切り抜けてきました。次の、第二次大戦の時代は地政学から見て石油資源を争う戦いでしたが、この時はご存知のように見事に敗戦となりました。
  そして、現在のイラク問題もその延長上にあります。
 
  日本は戦後、平和な時代が続き、まるで暖かくて安全なガラスの温室の中にいるような状況となっています。
しかし、温室を暖めるためにはたくさんの石油が必要であり、そのほとんどを中東諸国に頼っているのが実情です。
 また、ガラスの温室を守ってもらうためにアメリカにたいして、たくさんの資金を提供し、しかも言いたい事も言えないのも現実です。しかし、このような現実をどれくらいの日本人が自覚しているでしょうか?

  私たちが、『この国を維持し発展させていくための現実的な方法』として、どのような道が考えられるかをしっかりと議論すべき時期にきていると思います。軍事力に頼るのはかえって危険だというのはもう経験澄みです。
  では、経済力でしょうか?
 もちろん経済的な力は大事です。しかし、経済力を発揮するためには、世界が平和で、しかも、日本民族が安心出来る人間だという信頼感を築くことが不可欠です。
 そのためには、民間レベルの地道で息の長い努力が必要ではないかと思います。
  もちろん、今回の事件では賛否両論があり、反省すべき点も多いと思いますが、経済活動の他に、人道支援的な活動も大事だと思います。
 その際に大事なことは、日本のリーダー(政治的&思想的)が、『戦争は望まない、日本は平和を選ぶ』というメッセージを具体的に継続的に発信していくことだと思います。
 
   でも、日本のリーダーたちは一体どこに向かおうとしているのでしょうか?
2004.3.15
札幌もようやく春の陽射しが感じられるようになってきました。
先月、BBSのほうにたくさんの質問を下さった方がおりました。結婚についてのご質問だったのですが、漠然とした問いかけにお答えするのはとても難しいので、どうしても説明不足という感じでした。
 ここで、少し補足したいと思います。

 『人は見るものに近ずく』といいます。その意味は心の中で繰り返し見るもの、つまり思い描くものに引き寄せられていく、という意味です。心の中で思い描く夢や希望は、思い続けていると、いつかは必ず実現するということです。
これは、見えない世界の法則と言ってもよいくらいです。ただし、これは良いことにも悪い事にもあてはまります。
つまり、「あの人は嫌い」とか、「あのようになりたくない」とか、とにかく心に思い描くことは、いずれ実現していくのです。そのため、心配や不安はますます心配の元を引き寄せてしまうということです。そのために、心の中に不安や嫌な考えが浮かんだら、テレビのチャンネルを変えるように自分の好きな物、素敵なイメージ、憧れている人やイメージなどに切り替えることが大切です。それがその人の教養だと思われます。どれだけ、自分の中に素敵な夢や希望を持てるかが、その人の人生を決めていくのです。それが、未来に向けるサーチライトとなるのです。
2004.2.14
最近の話題作『マトリックス』は、見る人によって評価の別れる映画ですが、とても興味深いストーリーと魅力的な言葉にあふれています。
今日は第一作目の中でうーんとうなってしまった言葉をあげてみます。
主人公のネオが予言者と別れて出てきた時に、モーファイスが言う言葉です。モーファイスはネオに向かってこう言います。  『道を見る者と歩く者は違う』
予言者は先を見る者ではありますが、実際に歩いて行き何かを成し遂げるのはそれぞれの人間のなすべきことという意味だと思われます。そのために、予言者は普通のおばさんの姿で現れています。私たちも同じです。
人生の中でさまざまの出来事にぶつかりますが、たとえどんなことを予言者(占い師) にいわれたとしても、実際に困難な状況を切り開いていくのは自分自身の行動しかないということです。私たちは現実社会の中で、もがき傷つきながら判断し決断をしていきますが、その時に出来るだけ『魂のシナリオ』に近い選択が出来るようにヒントを与えてくれるのが、予言者の言葉だと思われます。 私たちは誰でも救世主になれる可能性があるともいえます。

2004.1.5
新年おめでとうございます。

昨年はあまり書き込みもせず、ご無沙汰しております。
  さて、皆さんはどのようなお正月を迎えられましたか?昨年に続き今年もなかなか厳しい年になりそうですが、今年の予想は一寸おきまして、今回は別のお話をしたいと思います。

『冬のソナタ』 ご覧になった方も多いと思いますが、とても素敵な韓国のテレビドラマです。ネットでも紹介されてますので、あらすじなどはそちらでご覧下さい。青春恋愛ドラマという趣ですが、音楽がとても美しいのと、『せりふ』が
秀逸で心に響いてきます。
  ご覧になった方はそれぞれ心に残る場面やせりふがあったとおもいますが、私からみて最も印象的だった場面を紹介したいと思います。
物語は、初恋で強く惹かれた相手が交通事故に会い、行き違いから相手を死んだものと信じて忘れようとするのですが、相手の男性は記憶を失ってかなり違う個性として十年後に突然彼女の前に現れます。初恋の人に瓜二つなので、次第にその相手に惹かれていきます。そのとき、同性の友人に『姿形が似ていても違う人なのよ』、と言われ彼女が語る言葉ですが、『理性では違う人だとわかっているのに、自分の心は初恋の人と同じ人だと叫んでいる!』
 
 
  これはまさに、見えない世界と今生きている世界との違いと同じです。
  私たちは生まれる時に『魂のシナリオ』を携えて生まれてきます。つまり、私たちは生まれてくる前に、今回の人生でどのような人と出会い、どのような体験をするのかを、あらかじめ選んで生まれてくるのです。ただし白紙の状態で試練に立ち向かえるように、すべての記憶を消されて生まれてきます。 ただ、あらかじめ魂の深い記憶として自分の出会うべき相手や出来事を思い出すヒントが与えられています。まるで実人生が舞台だとすると、見えない世界は楽屋裏のようです。
 私たちは、自分の人生のシナリオを読み、しっかりと打ち合わせしてから生まれてきますが、現実の人生では、常識、理性、親、仕事、お金、などあらゆるものが、自分自身を発見するのを妨げます。この物語の主人公たちもあらゆる障害に邪魔され続けますが、最後は自分自身の心の底からの直感によって、自分の求める相手を見つけ出します。
 誰でも、魂の直感を与えられていて、心を静かにすると自分自身の進むべき道を見つけることができるのですが、この観命サイトもそのヒントを与えてくれる一つの方法です。

 どうか自分を見つけ出す一つの手段として役立てて欲しいと思います。

  今年もどうか観命サイトをよろしくお願いします
2003.8.30
先日、人生の大先輩の方の観命をする機会がありました。その方の観命表をつくりながら、あまりの波乱の人生に我ながら考え込んでしまいました。壮年期での大きな手術、仕事での失敗、その上、子供のことでの運命的な重荷などなど・・。しかし、静かに命式を観ているうちに重大な見落としのあることに気がつきました。 難解なことで知られる『淵海子平』の中でも成格47格はかなりの熟練を要するのですが、そのひとつに成格しているのです。
これは、トランプのポーカーの場合で言うと、フルハウスとかストレートフラッシュなどが出来ている状態です。つまり、この大先輩の場合で言いますと、大きな波乱はあるものの、それらを乗り越えて人生を全うし最後は、ゆったりと自分の人生を振り返ることが出来るということなのです。命式は象徴言語で書かれた暗号のようなものですから、これを読み解くのは本当に難しいとおもいます
2003.6.29
簡易鑑定のページを新しく作り直しました。ご興味のある方は一度お試しください。
2003.3.23
世の中は大きく動いているようですが、ようやく札幌も春の息吹きが感じられるようになってきました。

  今回は”自分の人生を変えるためにはどうしたらよいのか”について考えてみたいと思います。

人生を変えるということは生き方を変えるということになりますが、これは頭で考えていてもなかなか難しいことです。
私達はただ知識を得たり、瞑想をしたりしても人生をかえることは出来ません。 実際に自分で決断し、行動に移して始めて変化のきざしをつかむのです。 例えていえば、車の運転のようなもので、いくら運転技術の本を読んでも実際に車を動かしてみない事には、いつまでたっても運転は覚えられないのと同じです。 結果など考えずに自分の心の求めるままに行動していくことが一番大事なことです。 

 私達の運命のかなりの部分は、あらかじめ決まっていますが、だからと言って与えられた自分の人生を そのまま受け入れて生きていくのは過去を生きるのと同じことです。
 
 本当は、私達は生まれる前に、今回の人生でどのような課題に挑戦しようかと考え、それにふさわしい条件に合う両親のもとに生まれて来ているのです。つまり、自分で宿題を選んでいるのです。ただ、表面上は忘れていますが、心の深いところでは自分自身が一番良く知っていることです。  私達鑑定家の役目はそれを教えてあげることですが、殆どの人は、そういえば自分もそう思っていましたと言う方が多いのです。人間はどんな人でも直観力をもっていますから、心を静かにして自分と話してみると、だれでも見えてくるとおもいます。

2003.1.6
新年おめでとうございます。
 
 厳しい世相ではありますが、今年もよろしくお願いします。
よく、今年はどんな年ですか?という質問をうけますが、本来、運命鑑定というのは個人についてのもので、国とか民族の運命は鑑定の領域を越えてしまいます。ただ、そのグループの象徴的な人物やTOPの人間の運命を観ることでおおまかな予測は可能です。もうひとつの方法としては、人の運命鑑定と同じように、運命サイクルを歴史に当てはめていく方法もあります。

後者の方法で観ると、今年は癸未という年なので一番近い年では昭和18年と同じです。この癸未は別名,楊柳木と呼ばれていますが、その意味する所は、絹糸が甘い縒りでまとまらずフラフラと漂っているような状態をいいます。これを一人の人物としますと、運気は土のなかに閉じ込められてまったく動かず、心に憂いを抱いて活気に乏しいと観ます。学問や技術的な分野での発展はありますが、全体としてはかなり苦しい状態が今後も続くことが予想されます。

 ただ、個人の運勢は、ある程度は全体の波の影響を受けますが、全く別物であり、このような時代にあっても順調に業績を伸ばしているところもたくさんありますし、ゆったりと幸せに生きている人たちもたくさんいるのです。
 要は、各人の生き方によって決まってくるものなので、自分自身をいかに幸せに導くかを工夫して実行している人がどんどんよくなっていくのが見えない世界の法則です。
 今年も、焦らず気を抜かず、そして真剣に、運命改善に取り組んでみませんか?
そのためにも、是非、観命をおすすめします! また、ご質問等ございましたら、気軽にメールして下さい。
  それでは、今年も、一年間よろしくお願いします。
2002.12.9
”マイノリティーリポート”雑感
 
 年に何回かヨーロッパにいきますが、先月飛行機の中でたまたまこの映画を見ました。あまり面白かったので帰りにも見てしまいました。 トムクルーズ主演でスピルバーグ監督というゴールデンコンビだったのですが、予想に違わず見ていて本当に良く練られているなと感じました。 自分が日々感じていることがまさにそのものズバリのドラマとして展開されておりました。 長くなるのであらすじは省きますが、自分の運命が予測され、まさにその通りに現実が進んでいくリアリティーは見事です。私達の未来はかなりの部分が決まっています。だからこそ観命法であれ何であれ予測ができます。 しかし、実は、私達は未来を変えることが出来るのです。 だからこそ、私達はこの世に生まれてきたとも言えます。 予測された未来をただ生きるのではなく、少しでも自分の心が求める生き方をするためにいつでも自分が”変える事の出来る現在”に全力を尽くすのが本当の生きる意味だと思います。ただ、映画にも描かれているように、それが如何に難しいことか!!
 私の観命法も少しはそのお手伝いができるのではと考えております。
 また、 皆様のご感想も拝聴してみたいものと思うこのごろです。
2002.9.22
相性と運勢について

 半月ほど留守にしていたのでお返事が遅れていました。陳謝。

 いつでも多いのは相性についての相談です。現在お付き合いしている方との相性はどうでしょうか?とか、今の夫
との相性はどんなですか?などなど。
 ところが、ほとんどの場合はお互いに一緒にいることによって相手を傷つけたり社会から被害を招いたりとか、なんらかのトラブルを引き起こす関係が多いのです。人間関係にはすべて意味があり、最も自分を成長させてくれるような相手を選んでいる場合が多いというのがその理由だと思われます。そのため、二人で幸せになっていくためにはどちらかが生き方を変えるとか、時にはお互いが生き方を変えていく必要に迫られたりしがちです。この場合は辛くても自分自身で決断し行動していく事によってそのトラブルを乗り越えることが出来ます。相性というのは不思議なもので、一方的に相手の社会運を壊したり、または自分の経済運や健康運をどんどん損なっていく相手だったり、または、一緒に暮らすだけで経済的に恵まれ幸せになっていくという場合ももちろんあります。
 ところで、相性というのは異性間だけとは限りません。 仕事上の人間関係や親子、兄弟間でも同じように作用します。そのため、たとえば親孝行の息子が親の事業を引き継いだ場合に、お互いに社会運 、健康運を壊しあう関係だったりすると、もっとも辛い関係になったりする場合があります。

2002.7.27
姓名判断と運命鑑定

 最近、名前についての問い合わせが続きました。それで、名前と運勢との関係について私なりの考えを書いてみたいと思います。
 
  先日、ご相談に見えた(若い女性 )方ですが、ご自分の名前を使うのがどうしても重荷で仕事の時などは少し違う名前にしているがどのような影響がありますか、というご質問でした。その方の基本的な運勢はとても恵まれたもので、もともとの名前もそれにふさわしいものでした。ところが通称で使っている名前は運勢的にはかなり危険なもの で、このまま使っていると悪い影響が出てくる恐れがありました。
 
  このような悩みを抱えている方は多いと思いますが、そもそも名前というのは商店に例えますと看板のようなもので、その内容にふさわしい名前が授かっているものなのです。ところが自分の都合で名前を変えると中身と違った
ものになってしまいます。 ただ本格的に改名をしたり、結婚して姓が変ったりして自分の生き方自体を変えた場合
は内容も変る訳ですから、次第に運勢も変化していきます。
 
  このように名前によって運勢が変るのではなく自分の生き方自体を変えることによって運勢は変っていくものなのです。そうは言っても誰でも悪い運勢よりは良い運勢になりたいのが人情ですから、せめて名前だけでも変えたい
と考えるのだとおもいます。生年月日は変えられませんが、名前は変えることが出来ますからね。
 
 
 
2002.7.19
運命は波のようなものですが、では自分の運命サイクルがわかっているとしたらどのように行動したら良いのでしょうか?運勢が弱い時というのは季節でいうと冬のような時ですから、家を建てたり長期の旅行などの大きな事業はなるべく控えめにして次にやって来る春に備えて計画を練ったり資格を取ったりするなどの準備をする時です。
そして運勢の良い時はそれまで準備したり暖めてきた計画をどんどん実行に移す時と考えて下さい。 けっしてのんびりと昼寝をする時ではないのです。得てして運勢の良い時は何となくほんわか楽しいなーと過ごしてしまいがちです。でも本当はそういう時こそ頑張り時なのです。嵐の時は早めにに避難をし、季節の良い時には仕事に励む、自然体の生き方が出来るようになるととても楽になってきますよ。

2002.6.9

このような運命鑑定を始めて5年ほどになりますが、自分の運命を知る効用とはどんなものかとよく考えます。

人間の運命は波のようなものですが、その波には様々の大きさがあります。まず1年ごとの波、それに各人の固有の波、これには1年〜12年位の違いがあり最も長いサイクルでは60年周期というのもあります。
これらの波が様々にからみあって大きなうねり、小さな流れが出来てきます。そのため、似たような出来事がある周期で繰り返されるように感じることもあるかと思います。しかし、詳細に見ていくと微妙に違うのがわかります。

たとえて言いますと天気予報での季節の変化と大きな気象変動の違いのようなものと思われます。
天気予報との違いはそれぞれの人により変化する周期がまったく違う点です。ある人は数ヶ月で四季の変化があり、またある人は数十年もかけて人生いの四季を味わうということになります。
いずれにしても、今、自分はどのような季節を生きているのか、また次の季節はどんな季節でそれは何時始まるのかがわかると、人生の計画を立てやすくなります。
 ”雨の予報がでたら傘を用意する ”   とても助かりますよ!


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