”1949年北海道生まれ。 少年時代から精神世界に強く惹かれ東洋古代思想や易学などを 学ぶ。後に、中国占星術”淵海子平”に出会い、その驚異的な的中率と人間愛の思想に感銘を受けて研究を続け、独特の観命法
を実践しています。”
私がこのような道を志すようになるには幾つかの大きな転換点が ありました。
私がまだ40代の頃のある日の早朝、夢を見ました。両側が高い壁のでこぼこ道を歩いていると大きなトラックがゆっくりと 追い越して行きました。そのトラックは直径2メートルはあるコンクリート
の管を積んでいましたが、ロープの締め方が弱いのかかなりぐらぐら していました。危ないなと思って見ると突然ロープがはずれそのコンクリート管がぐわらぐわらと落ちてきました。私は咄嗟に伏せの姿勢になりました。自分の命もこれまでかと観念しましたが、自分の身体の直前で小さくバウンドし何故か無事でした。すぐに目覚め、まるで実体験のような夢をしばらく思い返していました。
その日は急ぎの用事があったので、すぐに家を出ました。まだ冬の 始めで雪の降る前だったので油断もあったのですが、家を出て間もなく
の細い下り坂で車が滑り始めたのです。コンクリートが黒く凍って いたのに気がつかなかったのです。その先は広いバス通りになって
いるのですが、家の間からバスが走って来るのが見えるのです。ブレーキを踏みしめながら神に祈りました。その後は本当に 間一髪、バスの直前を横切り、対向車とも衝突せず、ただ無事に
止まったのです。心臓が早鐘のように鳴っていましたが、何故か 心は平静でした。自分が多分 無事だろうとわかっていたからです。自分の見立てでは、私は40代の半ばにすべての財産、仕事、
家族を失うとなっておりました。しかし、自分自身でも半信半疑で、 まさかそのような事が現実になるとは夢にも思っていなかったのです。その頃は小さな会社を経営しており、子供も2人おりましたが、
間もなく経営状態が悪化し、創業者の親とも対立が深まって、 その責任をとって辞めることになり、持てるものすべてを渡し離婚 して家を出ました。
まさに自分の見立て通りに現実が進んで行くのです・・・。
自分の鑑定では私自身の寿命は47歳となっており、このままでは間違いなくこれも実現するだろうと確信するようになりました。私は、それまで何度も呼びかけてきた神の声に従うことにしました。
私は自分名義のものは一切持たないこと、以後は自分に与えられた使命に従って生きることを自分に命じ、今に至っています。
人には自分の使命があり、それに気がつかないと何度でも苦難や事故・病気などの形で教えてくれるということを、ようやく身をもって知ることとなったのです。
2年ほど前にいらしゃった弁護士の方ですが、相談の内容は ”以前に癌を患っておりあと何年ぐらい現役で出来るだろうか?” というものでした。私はありのままを申し上げましたが、ご本人は
晴れ晴れとした顔をされて帰られました。自分の天命を自覚し、与えられた使命に生きるということは、とても難しい事のように感じられますが、実は誰でも出来ることであり、また誰にも求められている事なのです。
私の観命法は、自分の与えられている使命とはどのようなことか、 それは何時どのように自分の人生に現れてくるのかを教えて くれるものです。本来自分が進む方向に向かって努力してこそ
成功も出来るし、世の中で役立つことが出来るのです。